名馬達との再会…にまつわるエトセトラ

HP「名馬達との再会」で紹介しきれなかった競馬あれこれを綴るブログ…
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経過報告。。。?
1ヶ月半ぶりの更新になります。

その間にコメントをお寄せ下さったフロムジャパンさん、いかいかさん、TAKANAOさんを始め遊びに来て頂いた皆様、有難うございました。

相変わらず体調は優れませんが、もう少し暖かくなればと思っておりますのでもう暫くお待ち頂ければと思います…

更新が止まっている間に92年の天皇賞馬レッツゴーターキン、セントウルステークス2勝のゴールデンキャスト、ナイスネイチャの弟として知られるグラールストーンなど名馬が旅立ったようです。

タイミングは逃しましたがこれらの馬についても機会があれば触れたいと思っております。


簡単ですが、経過報告を兼ねまして今日はこれまで。。。




↓グラールストーンが掲載された本サイト「名馬達との再会」入口はこちら
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98年札幌王者・マイネルプラチナムが逝く
年明けからの体調不良。

背筋痛と思っていたのですが、内臓から来てる痛みと判明…

いつも見に来ていただいている方には申し訳ありませんが、暫くは更新頻度を落とします…



平成23年度のBTC助成馬一覧が12日に掲載されました。

ここに載るイコール繁殖引退を意味していますが、フサイチソニック、シルクジャスティス、スエヒロコマンダーあたりが種牡馬引退となったようです。

また我が愛する南関東の雄たち、コンサートボーイにマキバスナイパーもリスト入りしていました。

第二の馬生として血を残す役割は終わりましたが、幸せな余生を過ごしてもらいたいと思います。

またBTC助成馬は基本展示が義務化されていますので、比較的気軽に会える馬ということにもなります。

全国広く散っていますが、お近くにお寄りの際には是非立ち寄るのも手だと思います。

(勿論牧場によってアポが必要だったり、見学時間も異なりますからそれはふるさと案内所で事前に問い合わせて下さい)



このリストの最後に対象から外れた馬のリストも出るのですが、そこを見たところ1/11にマイネルプラチナムの死亡が記されていました。

世紀末の覇王・テイエムオペラオー世代の札幌王者。

札幌3歳S後骨折が判明。

それでも何とかクラシック前の若葉Sに間に合い、そこで見せた剛脚は、この年のクラシック戦線の主役を務める可能性に溢れるものでした。

だが皐月賞では2走ボケともちょっと違うようなかかりまくりの暴走で惨敗し、ダービーを目指した調教中に再度の骨折しクラシックを断念。

再復帰後も剛脚は甦ることもないまま引退。

生まれ故郷の小野瀬牧場にて種牡馬入り後も、残念ながら中央の勝ち馬を輩出することすら叶わず2007年で種牡馬引退し余生を過ごしていました。

現役時代注目していた一頭だっただけに若過ぎる死がとても残念でなりません…





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再会出来なかった名馬達 | トラックバック(1) | コメント(3) |permalink
ライフタテヤマがローリングエッグスクラブへ
5日に開幕した大正100年記念?競馬。

今週はいよいよクラシック戦線開幕戦とも言えるシンザン記念が行われます。

第35回のシンザン記念勝ち馬ダービーレグノを取り上げようと思っていましたが、管理人正月から体調不調に加え、酷い背筋痛に悩まされておりまして…

あっさり終る記事に切り替えさせていただきます。



第19回のシンザン記念勝ち馬であるライフタテヤマが今年の元日に生まれ故郷の谷岡ファームを離れローリングエッグスクラブへ移動しました。

既に29歳と高齢で最後まで生まれ故郷で余生を過ごすと思っていたのですが、谷岡さんも相当のご高齢だったので移動となったのかなと勝手に推測しております。

大事にされていた馬でしたから、そんな理由でもないと手放すわけないと思ってますからねぇ。

まぁ移動といっても車で15分程度と目と鼻の先です。

本サイトのライフタテヤマの項にて記したのですが、ライフタテヤマは父である名馬・ハイセイコー像のモデルになった馬でもあります。

機会があったら並べた写真をと思っていたのですが、丁度いいので今回アップしてみました。


管理人は胸前とか尻なんかまさにモデルになったことがアリアリとわかる写真だなと思いますけど皆さんはどう思われるでしょうか?



ライフタテヤマ(2004撮影)とハイセイコー像


・移動情報を更新(2011/1/9)
ライフタテヤマ(繋養先変更)




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藤田伸二騎手が2度目の特別模範騎手賞を受賞
新年早々から地方競馬で大きな落馬事故があったようです。

船橋競馬所属の本多正賢騎手が4日の川崎1Rで落馬して頭部を強打し、意識不明で病院に搬送された。

落馬事故の原因は1コーナーにおいて他馬との接触しバランスを崩して放り出された後に、後続馬に巻き込まれたとのこと。

まさに命懸けのジョッキー稼業。

本多騎手の無事と回復を祈りたいと思います。



そして中央では藤田伸二騎手が自身2度目となる特別規範騎手賞を受賞した。

年間制裁点0でJRA騎手部門表彰対象となる勝利数、勝率、賞金3部門のいずれかで5位以内というハードルが高い賞で、過去の受賞者は柴田人、河内に藤田自身と延べ4人目の受賞という狭き門。

受賞コメントで

「賞の重みを周りにも認識してもらいたい」

「藤田18人で競馬をすれば審議は起きない」

等等の発言は田○成○元騎手近々受刑者の影響を受けたビッグマウスブラザーズ(もう一人は四位騎手)の面影をまだ残していると言えますが、まぁ個人的にはこういう話ならどんどん言って実行してくれと思います。

一昔前は大抵1開催騎乗停止でしたけど最近は長くて4日間。

このくらいの制裁なら平気な顔してラフプレーに出る人もいて当然だろう。

そら彼らもプロで生活もかかっているのはわかります。

でも自己責任とはいえファンはタンス預金や1ヶ月分の小遣いで夢を買いに来ることもあるわけで、それを背負っているはずのジョッキーの御法だけでフイにされちゃ泣くに泣けないですよね。

何度もここに書いている話題ですけど、騎手の制裁なんかは競艇のスタート事故並にすべきだと思います。

競艇ではまずスタート事故で1ヶ月斡旋停止。

さらに売上が大きいSG優勝戦でのスタート事故は1年間SG出場停止、準優勝戦ではSG4回出場停止、GⅠでも優勝戦ではGⅠ6ヶ月、準優で3ヶ月の出場停止が課せられます。

返還は競馬法変更などが必要になってくるので難しいかもしれませんけど、GⅠでは半年なりのGⅠ騎乗停止、重賞でも3ヶ月の重賞騎乗停止くらいは課してもいいのではないでしょうか?



こんなところで細々書いていても制度が変わるとは思いませんけど、何はともあれ藤田騎手おめでとうございました。




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偉大なるホースメン | トラックバック(0) | コメント(4) |permalink
カリブソング~条件不問の千両役者
年末に崩した体調がいまいち戻りきらぬまま三が日も明けてしまいました…

というわけで2011年は未だ一歩たりとも外出をしていません。

外出しないとなると正月を感じる手段はテレビくらいしかないのですけど、どこの放送局も元旦を除くとどうにもこうにも再放送番組ばかりの手抜き構成ばかり、しかも一日中やってやがるせいか正月風情を感じられないどころか時間の感覚までおかしくなる始末…

地デジ元年で張り切らなきゃいけないはずのテレビまでがこれでは今年の日本もダメ菅、もといダメ感がありますね。

せめて金杯でも獲っていい気分と行きたいところなんですけど、とりあえず明日も購入予定はなし…

金杯というレースは競馬界の仕事初めみたいなもので1/5固定の開催。

即ち平日に行われることが多いということで勤め人には普通なかなか縁のないレースなんですよね。

ただ私の若い頃はフレックスタイムなんて制度が流行っていたり、その後転職した会社はウインズまで徒歩2分、その会社にいる頃から高申込倍率だったはずのPATがほぼ誰でも無抽選状態で加入可になったってことで、昔から馬券の購入そのものには困ったことはありませんでしたね。

とはいえあまりリアルタイムで見たことがないレースの一つなのは間違いありません。

ということで普段はそのレースが一番印象に残る馬を取り上げることが多いのですけど、今日は金杯の勝ち馬を見渡してみて書いてみたいなと思った馬からカリブソングをチョイスしてみました。



カリブソングは1986年生まれ。

恐らく我々世代にとってはGⅠを取れなかった馬以外で思い出の馬を挙げろと言われたらBEST10くらいに入ってくる印象がある。

何しろ当時の年齢表記で9歳、現表記で8歳まで息長く重賞を中心に走っていた馬。(以下現年齢表記)

父マルゼンスキーはご存知「大外でもいいからダービーを走らせろ」で有名なマル外馬。

実際日本調教馬なので現在なら持ち込み扱いでクラシック出走は可能でしたから制度ともし故障していなければという“Wたられば”の菊花賞はともかくとしてダービーまでの2冠は間違いなかった快速馬である。

無念の引退後繁殖生活においてもダービー馬サクラチヨノオーなど5頭の中央GⅠ馬を輩出し大成功を収めている。

ただマルゼンスキー産駒はどうしても体質や脚元の弱さが付き纏うイメージは拭えないものがあった。

そこへ行くとカリブソングはその晩節はともかくとして、競走馬として長く走った印象から“鉄の馬”とか“無事是名馬”などと語られる。

果たしてそうだったのだろうか?

答えは否であると管理人は思っている。

それを裏付けるにはカリブソングの出走記録を見るだけでも明白である。

カリブソングは必ずといっていいほど一年の半分は休養に充てて、出走時も無理なローテーションを強いることは一切なかったのである。

事実この馬を管理していた加藤修甫調教師はカリブソングの四肢は全て競走馬不治の病・屈腱炎を抱えながらの競走生活だったと後に語っている。

カリブソングもまたマルゼンスキー産駒の特徴である体質と脚元の弱さを抱えていた馬であり、そんな馬がさも頑健な馬の代表のように語られる理由こそ、この馬に関わった全ての人達の努力の賜物であったはずなのだ。



そんなカリブソングの競走成績を振り返っておこう。

2~3歳春はまだ実がパンと入ってなかったようで折り返しの新馬を勝利したのみ。

3歳秋に復帰後はダート路線に進み、4歳春にダート重賞であるフェブラリーハンデ(もうこのレース名表記だけで泣けてきそう)で重賞初制覇を果たす。

また休養を挟んだ4歳秋にダート3戦で1,1,2着と力を見せた後、5歳を迎えたカリブソング陣営は芝路線へ矛先を向ける。

カリブソングはいきなり金杯(東)を制し、AJCCでも2着する。

次走目黒記念では何と60.5kgの酷量を背負わされるが、これをものともせず勝利する。

60kg以上のいわゆる酷量をクリアして重賞を勝った馬というのは私が馬券を買うようになってから思いつくままに挙げてみてもナリタトップロード、ダイタクヘリオス、スルーオダイナ、ダイナレター、そしてこの馬くらいしか思いつかない。(牝馬の58kgは牡馬で60kg相当とされドーベルとかヌエボトウショウが勝っていると思うのですが数字上のインパクト的に薄いため除外)

体質そのものがパンとしたことを証明する一走だったであろう。

続く日経賞でも2着し、淀の盾でGⅠ初挑戦を果たすが距離不適で大敗を喫し、そのまま休養に入る。

秋に復帰すると2度目のGⅠ挑戦となる天皇賞秋でマックイーンの降着と得意の重馬場にも助けられたが2着に入った。

だが良馬場で行われたJC,有馬は2桁着順の大敗。

ここらで芝のGⅠ路線ではタイム不足という評価が定まってしまうのである。

しかも一旦60.5kgで勝った実績があるため以降もGⅡ以下では重い斤量を背負い続けて走らねばならず、まさしくここからは年齢的な衰えと斤量、そして強いとはいえない脚元と相談しながらの戦いとなった。

5歳春の日経賞から7歳春までの2年間は得意の重馬場や坂のあり時計が掛かる中山では連対を果たすことはあっても、勝利の美酒に酔うことはなかった。



GⅠ勝利のないカリブソングがこのままで種牡馬になることは難しかった。

陣営は8歳の春まで1年の休養を取らせ、定量で争われる地方交流を主戦場にした。

既に老雄と呼ばれる年齢であった8歳にして初めての夏競馬。

カリブソングにとっては裸同然の斤量でも4戦結果は出せず、既に最後の勝利から22連敗。

カリブソングも終わったと誰もが思っていた。

だが老雄の逆襲は全く以って唐突にやってきた。

舞台は旭川ダ2400mで争われたブリーダーズGC。

砂の経験も長丁場の経験も十分の老雄はその能力を久々に発揮し先頭で復活の狼煙を上げたのであった。



だがカリブソングの名前を馬柱で見たのはこのレースが最後になった。



94年10月20日、アルゼンチン共和国杯を目指した調教中に心臓マヒを起こしたカリブソング…

天上までの道程は究極の坂であり、水分も豊富に含んでいたのであろう…

こんな時に限ってカリブソングは今迄に見せたことのない脚を使ってあっという間に駆け上がって逝ってしまった…



思えば名脇役に終わった馬生だったのかもしれない…

しかし人馬一体となった苦労と努力の結晶であったカリブソング…

そんな裏側を一切匂わせず、ファンにイメージを取り違いさせたままの終幕は名脇役どころか千両役者のそれだったのではなかろうか?…





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