名馬達との再会…にまつわるエトセトラ

HP「名馬達との再会」で紹介しきれなかった競馬あれこれを綴るブログ…
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ちっちゃなライバルストーリー1~ホッカイルソー&マイネルガーベ&マイネルブリッジ
※本記事は2007年8月22日に書かれたものです。筆者事情により公開されず下書きとして保存しておりました。一部近況と異なる部分がありますが、ほぼ当時の文章のまま手を加えずに公開致します。

ちなみに1と謳ってあるにも関わらず当時の下書きに2は存在しませんでした(笑)
先日別の下書きをちょこちょこと改編して2を書き上げましたので土曜に公開します。


2010/9 筆者

*********

ディープインパクトという絶対王者がターフを去り、群雄割拠の年になると思われた2007年の日本競馬界。
天皇賞春を制したメイショウサムソンと宝塚記念を制したアドマイヤムーンが頭一つ抜け出した感がある。
3歳戦線に目を向けてみると最高峰のレースであるダービーを牝馬・ウオッカが制するようでは新星の誕生には期待しづらい…
逆に牝馬は互いに成長力に乏しい危険性を含むものの桜花賞を制したダイワスカーレット、前述ウオッカがライバルとして秋競馬を盛り上げていくことになろう。


ライバルの存在があって名馬はより光を増すのは歴史が語る通り明白である。

トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスのTTG。
オグリキャップ、スーパークリーク、イナリワンの平成三強。

しかしそれは大レースに限ったことではない。
クローズアップされることはないライバルストーリーを拾い上げてみよう。


まず1回目として妙なトライアングルを描いた1992年産馬、ホッカイルソー、マイネルガーベ、マイネルブリッジの3頭を取り上げてみる。

全対戦成績(R=ホッカイルソー、B=マイネルブリッジ、G=マイネルガーベ)

94年府中3歳S R1着 B2着 G3着
〃 ホープフルS B1着 R2着
95年ジュニアC R1着 B2着 G3着
〃 共同通信杯 B3着 G5着
〃 皐月賞 R4着 B7着 G13着
〃 NHK杯 B1着 G2着
〃 日本ダービー R4着 B7着 G13着
〃 セントライト記念 R4着 G9着
〃 菊花賞 R3着 B10着 G18着
〃 福島記念 B1着 G12着
〃 ディセンバーS B1着 R2着
96年福島記念 B2着 G10着

ホッカイルソーVSマイネルブリッジの対戦成績はホッカイルソーの5勝2敗。
マイネルガーベはこの2頭に一回も先着していない。(対ルソー6敗、対ブリッジ10敗)
ただこの馬を入れることでより鮮明になることがある。

ガーベを含めた3頭の激突になると5戦全てルソー、ブリッジ、ガーベの順となり三冠での激突以外のレースは全てワンツースリーを決めた。
逆にガーベ抜きでブリッジとルソーがタイマン勝負になるとブリッジが2戦2勝で何れもワンツーフィニッシュであった。

実に面白い図式が出来上がったとは思いませんか?

単純な対戦成績を比べればホッカイルソーがダントツである。
だが敢えて色の三原色R,G,Bを使って表現した狙いもあるのだが、2色混ざるのと、3色混ざるのでは全く違う色が出来上がることがあるということだ。

ボクシング元日本バンタム級王者であった高橋ナオトが
「ボクシングはジャンケンみたいなもの。Aという選手がBに勝ち、Bという選手がCに勝つ。だからといってAがCに勝てるわけではなく、CがAに勝つこともある」

この結果を見ていると競馬にもジャンケンはあるのかもしれない。



最後になったが対戦成績上位の順に簡単に3頭を紹介しておく。
長く現役を続けながらこの3頭の対戦が急になくなった理由も浮き彫りになると同時にその三様な晩年がまた興味深いものである。


★ホッカイルソー★
通算成績 28戦5勝
主な勝鞍 産経賞オールカマー、日経賞

デビュー戦を大敗したもののそれから96年春まで堅実に掲示板に載り続け三冠完走、96年日経賞で初重賞制覇、天皇賞春3着などの実績がある。
その後屈腱炎を発症し3年近くの休養を余儀なくされるも復帰後99年オールカマーを勝利し復活を遂げる。
2000年天皇賞春5着後に屈腱炎が再発し引退。
引退後は北海牧場で種牡馬入りしたが中央で勝ちあがった馬はおらず種付けそのものも行っていない。
現在はダーレースタリオンコンプレックスで繋養されている。



★マイネルブリッジ★
通算成績 41戦6勝
主な勝鞍 NHK杯、福島記念、七夕賞

94年のデビューから夏休みこそ取るものの殆ど怪我とは無縁に重賞戦線を中心に走り続けて3つのタイトルを獲得した。
96年の有馬記念では最低人気ながら3着に激走したことが印象深く記憶に残る。
98年春頃から急激に衰えた感があり、99年金鯱賞を最後に引退。
引退後は北海道のすずらん乗馬クラブで乗馬となる。



★マイネルガーベ★
通算成績 148戦11勝
主な勝鞍 なし(OP2勝)

94年のデビュー。芙蓉S勝ちで出世は早かったもののクラシックの頃には既に苦戦が続く。それでも三冠を完走し名脇役としての地位は確立した。
97年夏までに中央で28戦3勝の実績を残すが、この馬の競走馬生では中央での走りは序章にしか過ぎなかった。
南関東を経て高知競馬に移籍し走ること、実に丸7年、何と120走を上積みする。
引退レースとなった2005年3月のレースはなんと「マイネルガーベ号引退記念」と銘打ち行われた。
結果は6着だったが、愛された競走馬としての勲章は手に入れたと言えよう。




余談になるがこの3頭の初対戦となった府中3歳Sを管理人は生観戦している。
西ではマイルチャンピオンS、裏では福島記念が開催される日には毎年のように府中に通っていた。
この年のマイルチャンピオンシップではサクラバクシンオーVSノースフライトというライバル対決最終章が行われていた。
その裏で始まっていたのが、このちっちゃなライバルストーリーだったのである。
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コメント
先ほどは拙ブログにきて頂きましてありがとうございます。当ブログでホッカイルソーを取り上げた際、こちらのブログも参考にさせて頂きました。
かなりの競馬歴と知識があるとお見受けします。私はオグリキャップ以降のファンでしかも競馬の知識はそれほどでもないので、大変勉強になります。今後ともよろしくお願いします。
2010/11/08 Mon| URL | いかいか
[ 編集 ]
いかいか様

ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。
私もオグリキャップ時代は大学生、大好きなミスターシービーの頃は中学生にしか過ぎませんw
現実主義の馬券より懐古思考の馬産地巡りが楽しくなったのも三十路以降ですしねw
ですからきっと似たようなキャリアだと思いますよ^^

ダーレーにいるルソーとシンコウウインディは古い記憶で確認もしていませんけど、確かルソーの北海牧場、ウインディのシンコウファームと元々の繋養先がダーレーに土地買収される形になって、馬もそのまま引き取られたように記憶しています。
ウインディはシンコウ所属時代に助成対象功労馬と用途変更されていますが、ルソーはそういった手続きがされていないだけで、事実上は同じだと思います。
ダーレーの中で需要があるというのはちょっと考えづらい部分もありますしね…

とはいえ、私的にはルソーもウインディも居場所があるサラブレッドであることが何より嬉しいと思っています。
2010/11/10 Wed| URL | 管理人
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