名馬達との再会…にまつわるエトセトラ

HP「名馬達との再会」で紹介しきれなかった競馬あれこれを綴るブログ…
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 |permalink
坂路の鬼が見た最後の夢が逝く…~ドージマムテキ死亡
1993年のクラシック戦線を賑わし、後年はマイル戦線の名脇役として活躍したドージマムテキ(牡20)が去る11月7日死亡した。

死因は現時点で調査不能だが直前までは元気だったとのことなので事故か何かではないかと推察されます。



坂路の鬼と呼ばれた戸山為夫が最後に管理したのが同馬である。

93年クラシック戦線で主役を務めたビワハヤヒデを共同通信杯で下したマイネルリマーク。

その共同通信杯前にリマークを子供扱いしたのがこのドージマムテキであった。

間接比較によりクラシックの主役候補に踊り出たムテキだったが、弥生賞大敗ですっかり評価を落とした。

戸山が直前に死亡し愛弟子小島貞とともに弔い合戦とされたダービーでは実質的なシンガリ負けを喫した。

その後管理人が虫唾が走るほど大嫌いな調教師の厩舎に移籍したドージマムテキはマイル~短距離路線に矛先を変更。

6歳秋に京王杯AH(当時の年齢表記とレース名)で念願の初タイトルを奪取、7歳暮れには海外重賞で2着など総じて善戦マンという評価が妥当なれど、ファンにとっては気になる一頭であった。

個人的に8歳以降の現役生活は下衆調教師によって遠征帯同馬を主にした走る労働者以下の出走をさせられていた印象が強いのがとても残念である。




引退後、一度だけ繋養されていた堂島牧場に行ったことはあるのだが、牧場主・スタッフさんとうまくコンタクトが取れず対面は叶わなかった。

どうやら相棒が今年の秋に対面しているようだが、そちらでムテキの晩節を感じていただければと思う→相棒のブログ


管理者がむかつくので馬券は殆ど買わなかったがムテキのファンとして、ネットの片隅で知った死はとても残念な思いで一杯です…

それ以上につい最近のように感じていたこの平成新三強世代の功労馬からも死亡の報が届くようになってしまったことがなお寂しさを募らせます…

さよなら、ドージマムテキ…

安らかに眠れ…


↓平成新三強など93年クラシックを賑わせた名馬たちは本サイトに掲載されています
l_h_ban.gif

   ↓  ブログランキング ↓      クリック、宜しくお願いします
にほんブログ村 競馬ブログ 競馬コラムへ    
にほんブログ村  
スポンサーサイト
再会出来なかった名馬達 | トラックバック(0) | コメント(0) |permalink
<< メイショウテゾロ~箱の底に隠された最後のお宝 | home | 大往生、ブロケード >>
コメント
コメントする

管理者にだけ表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。