名馬達との再会…にまつわるエトセトラ

HP「名馬達との再会」で紹介しきれなかった競馬あれこれを綴るブログ…
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ペイザバトラー~遥か彼方の地で
アメリカン・ドリーム(American Dream)は、アメリカ合衆国における成功の概念。均等に与えられる機会を活かし、勤勉と努力によって勝ち取ることの出来るものとされ、その根源は独立宣言書に記された幸福追求の権利に拠る。(Wikipediaより転載)

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成功はどこに落ちているかわからない。ましてや本能的な行動以外侭ならないサラブレッドの成功にはその馬の意志とは関係ないところで様々な要素が絡み合うことになる。

今回紹介する馬はその絡み合った様々な要素が好転し、僅かなチャンスから成功を掴み取った…はずであった第8回ジャパンカップ優勝馬・ペイザバトラーにスポットを当ててみたい。



ペイザバトラーは1984年米ルイジアナ州にあるClovelly Farmsに生を受ける。父Val de l'Orne(ヴァルドロルヌ)は1972年のフランス産馬。1975年の仏ダービー馬であり、血統表を見渡してみても欧州の血が色濃く深い芝への適正があると思われたのであろう。競走生活は父が活躍したフランスでスタートすることになった。

だが欧州でのペイザバトラーは2歳から4歳春まで17戦して一般戦で挙げた2勝のみと一言で片付けてしまえば駄馬と呼ばれる部類に属する成績しか残すことは出来なかった…それでも4歳になってから勝利を一つ積重ね、重賞で掲示板に載ったバトラーに生まれ故郷のアメリカにトレードされ母国へ戻ることになる。

新しいオーナーはエドモンド・A・ガン。先頃引退した米の女傑レイチェルアレクサンドラの父メダグリアドーロ(02,03BCクラシック2年連続2着、04ドバイWC2着)のオーナーとして知られる。元々ガンはボビー・フランケル調教師と懇意にしていた。フランケルは走ると見た馬を欧州、オセアニアからトレードで持って来ることを十八番としておりこの名伯楽の目についた一頭がバトラーだったのである。

母国での初戦はベルモントパーク競馬場で行われたGⅡレッドスミスハンデ。ここでバトラーは恵量を活かし初重賞制覇を果たした。ベルモントパークとの相性が良いのか続くGⅠボーリンググリーンHでも2着と好走。またマンノウォーSではサンシャインフォーエヴァーに食い下がり徐々に頭角を現したのである。

フランケル調教師は現在に至るまで海外から最も多くジャパンカップに管理馬を送り込んだ調教師であり何と11度の出走を誇る。これは日本の藤澤和雄に次ぐ第2位の記録となる。第1回ジャパンカップにペティテートで挑戦し、前年もイアデスを連れて来ていた親日家がこの年のジャパンカップに白羽の矢を立てたのは、生粋のステイヤーであると見て長めの距離を中心に使ってきたペイザバトラーであった。

まだ外国馬優勢であったジャパンカップ。この年も凱旋門賞を制した欧州王者トニービンが大将格として参戦することになっていたが、日本にも確固たる王者と若武者がいた。前年から重賞6連勝を含む8連勝中の白い稲妻・タマモクロスと前走でタマモクロスにストップされたとはいえそこまでは同じく重賞6連勝をマークした地方から来た怪物オグリキャップである。前走天皇賞で連勝中の芦毛同士のハイレベルな対決がクローズアップされていたことでこの2頭なら海外馬を打ち破ってくれるのではないかという期待が例年以上に注目を集める要素となっていた。

日本の王者タマモクロスが1番人気、以下トニービン、オグリキャップと人気を分けバトラーは9番人気の評価にしか過ぎなかった。だがこの一戦に備え陣営が依頼した名手・マッキャロンが大仕事を見事に演出した。この男、伊達に一流とは呼ばれていなかった。海外勢以上にタマモクロス、オグリキャップを最初から相手と見て、両馬の持ち味を完封すべく大胆な手綱捌きで初騎乗ペイザバトラーを操る。かかり気味に先行したオグリと後方に控えるタマモクロス。バトラーはタマモクロスより前目につけ3コーナーから進出を開始し、前のオグリがエンジン全開になる前に捕らえていた。さらにバトラーとともに上がってきたタマモクロスの持ち味を封じるために内へ切れ込み馬体を併せることを拒む。これで勝負は決した。ペイザバトラーが目標を失った2着タマモクロス、遅れて伸びてきた3着オグリを尻目に先頭ゴールを果たしたのだった。

マッキャロンの好騎乗は勿論勝因のひとつだったが、日本の2強を封じたペイザバトラーそのものにも日本の馬場への適正があるのではないかと見たのが早田光一郎だった。早田は帰国後も現役を続けたが善戦止まりで勝ち星には至らぬペイザバトラーを引退後日本で種牡馬とすべく購入したのであった。

89年のJCに早田が出走させたかったのは同じアメリカ産のブライアンズタイムであった。リアルシャダイでロベルト系が成功したことを受けて前述バトラーのGⅠ制覇も阻んだ全米芝王者のサンシャインフォーエヴァーの購入を望んだが、オーナーサイドが手放さず、代替で購入したのがブライアンズタイムである。余談であるが90年代半ばに早田はサンシャインフォーエヴァーを購入したが失敗に終っている。ブライアンズタイムはトレード後に芝のレースを何度か走らせJCへの招待を狙ったが結果が出ず断念せざるを得なかった。そこで早田はバトラーを再度ジャパンカップに出走させることにした。

前年に続きマッキャロンで出走したバトラーだったが、まさに異次元の戦いとなった89年のジャパンカップ。イブンベイがハイペースでかっ飛ばし、それにホークスター、ホーリックスが絡み直後にオグリとスーパークリークが付ける超高速バトル。これだけのレースになると先行馬が潰れそうな気がするが、さすがに世界を代表する馬達のバトル。後続の脚をなし崩しに使わせたような形の先行馬決着でホーリックス、オグリキャップが世界レコードでのワンツーとなった。しかし後方からレースを進めた組から唯一伸びてきたのはまたもバトラーであった。連覇は逃したものの堂々たる3着であり日本の馬場への適正は疑いのないものであることを証明したのであった。

翌90年一杯まで現役を続けたペイザバトラーは91年、早田傘下のCBスタッドで種牡馬入りする。ブランドフォード系という異系の血が重宝されたのか種付け頭数もそこそこに確保され、競走馬として最高の輝きを放ったこの日本の地で新たな夢が始まるはずだった…

しかし最期はあっという間に訪れた…
1991年7月1日、放牧中の事故で左後肢靭帯を切断…診断は予後不良で安楽死処分となった…
残した産駒は僅か1世代のみ…

その僅か1世代の中にパルブライトがいた。やや晩成気味でありながら地方の東京3歳優駿牝馬(現2歳戦)を制し、古馬となり大井記念勝ちなど本格化の気配を見せ出した頃に中央へ移籍、新潟記念と函館記念を制した。派手な勝ち方こそしなかったものの確実な末脚と勝負根性に溢れた1頭は、ペイザバトラーの種牡馬としての成功を妄想することを禁じ得ない。

運命に逆らうことは出来ない…
しかし競走馬としての2走と種牡馬としての1世代という実績しかないが、ペイザバトラーは遥か極東の地でアメリカンドリームならぬジャパニーズドリームを掴みかけた1頭であったと言ってもよかろう。



追記:
ガンは今年2月、フランケルは昨年11月にこの世を去りました。そして早田は例の事件のお務めを終えた頃かと思います。
あれから20年、時は行き人の姿も変わり…
時の流れを感じます…



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コメント
ペイザバトラーのジャパンカップ懐かしいですね~ちょうど私が競馬に興味を持ち始めたころでした。私にとってはタマモクロスが負けたという印象ばかりが残っていますが、マッキャロンの騎乗は流石でしたね。

あの頃のJCは外国馬が強かったけど、決してネームバリューどおりいかないというところが逆に面白かったですね。実績はさほどでもないが、日本の馬場に合いそうな馬を見つける楽しみみたいなものがありました。ペイザバトラーもそんな馬の一頭だったと思います。
2010/11/23 Tue| URL | いかいか
[ 編集 ]
いかいかさん
いつもコメント有難うございます^^

まだ競馬といえば馬券だった頃から的中に拘るレースといえばダービーとJCでした。ダービーはともかくとして、JCは相馬眼を試すレースというか、まさにいかいかさんの仰る通りの感覚でしたね。
第11回(だったかな?)のメジロマックイーンを外国馬が並ぶ間もなく置き去りにしたシーンなんかも衝撃的でした。
2010/11/23 Tue| URL | 管理人
[ 編集 ]
無事確認出来ました^^;

そんなところにあったなんて知りませんでした。。。
結果はちゃんと記事にアップします~
2010/11/23 Tue| URL | リンク
[ 編集 ]
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ゲーム攻略の虎 | 2010/12/23 Thu |
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