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名馬達との再会…にまつわるエトセトラ

HP「名馬達との再会」で紹介しきれなかった競馬あれこれを綴るブログ…
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マイネピクシー~注目されなかったもう一頭の“M”
今週、来週と阪神と中山を舞台にそれぞれ牝・牡それぞれの2歳王者決定戦が行われます。

現在の牡牝王者を決定するスタイルになってから今年で節目の20年目を迎えるわけだが、何となく年度代表馬の若駒部門を決め易くしただけの印象があるんですよね。

管理人の個人的な好みは90年迄行われていた東西王者決定戦スタイルでした。

まぁ今のように馬券が全国どこでも全レース購入出来るようになり、条件戦はおろかうっかりすると未勝利から遠征が当たり前になっている時代ですからそういう形でやることに意味がないのは理解できます。

でもクラシック直前のトライアル辺りから、東西トップが初激突となるってあの時代もなかなかワクワクしたものです。

この91年からはワクワクせずにウマウマするようになったんですよねぇ…

そう、馬番連勝複式が導入され、枠連から馬連が主流になった年と一致するわけです。(ツマラン

これに伴い単枠指定がなくなったのですから、競馬史の中ではエポックメイキング的な改革だったんですよねぇ。

そして阪神3歳牝馬ステークスの歴史の中にこの馬連の破壊力を見せ付けたレースがありました。



1992年…

宮沢りえ、牧瀬里穂、観月ありさという若手女優達。

映画、ドラマの主役を務め、さらに歌手として歌も出し人気は絶頂。

そんな彼女達の共通点は全員イニシャルがM。

彼女達は“3M”と呼ばれ一括りにされていた。

その一角であり少なくとも知名度に関しては一番高かったと思われる宮沢りえが元大関貴ノ花の次男坊で人気絶頂だった関脇貴花田と婚約を発表したのが11月の終り頃。

世間は世紀のカップル誕生と大騒ぎになったことを覚えている方も多かろう。



その翌週に行われた2回目となる阪神3歳牝馬Sでも人気になりそうな馬3頭のイニシャルが全てMだったことを覚えておられるだろうか?

小倉王者のマルカアイリス、函館王者のマザートウショウ、重賞勝ちこそないもののマイネルリマークやガレオンといった評判馬を完封した実績があり京成杯3歳Sでも2着があるマリアキラメキの3頭であった。

宮沢りえ婚約のニュースが直近にあったせいかこの3強を3歳牝馬の3Mという形で取り上げた新聞も多かったはず。

前年の事実上の第1回となるこのレースでも上位人気3頭のニシノフラワー、サンエイサンキュー、シンコウラブリイが順当に3着までを占めたこと、またこの年のレース出走馬がどうも小粒な印象も手伝いこの3頭で決まるだろうという声が大勢であった。

だが、今となって冷静に見つめ直してみるとマルカアイリスとマザートウショウは1200mの王者でマイル戦になった途端に敗北を喫した経験がある。もう一頭のマリアキラメキも鞍上・岡部の起用で過剰に持ち上げられた感もある重賞未勝利馬と考えると波乱の要素は十分あったレースと言えた。



レースは前走逃げられずに敗北を喫したマザートウショウの逃げが予想されたが、大方の予想を裏切りプランタンバンブーが逃げる。(ところでこのプランタンバンブーの鞍上樋口騎手って何者だったろうか…ガチで全く記憶にない…)

プランタンバンブーの逃げはタイム的には超スローと形容されるがハロンラップは11秒台~13秒台とめちゃめちゃな乱ペースを強調すべきものだった。

力も経験も備えたとは言えない若駒にとってこの乱ペースはレースをまともに決着させない要素の一つと十分成り得た。

こういうレースになれば、巻き込まれざるを得ない先行勢よりは後方勢有利となり、完成度は勿論だが誰にも負けない強烈な武器を持っている馬かどうかがこのレースの明暗を分けることになる。

このレースを制したのはメンバー随一の決め手を有していた人気薄・9番人気のスエヒロジョウオー。

柴田政人の弟弟子であり、当時伸び盛りで先頃調教師試験に合格した小野次郎騎手の兄弟子、その間に隠れた地味ないぶし銀の存在といえた田面木博公騎手にとって唯一無二のチャンスを渾身の後方待機策から小柄な馬体を踊らせての追い込みでモノにした。

そして2着に来たのはスエヒロジョウオーよりちょっとだけ体重はあったが、人気はさらになかった13番人気のマイネピクシーであった。



このマイネピクシーという馬、早熟ということを割り引いても平成最弱のGⅠ連対馬かもしれない。

新馬戦を6番人気で迎え、前でやり合った人気馬を3番手から交わし初戦勝ちを収めるものの、それ以降4歳一杯で引退するまでの間、この阪神3歳牝馬Sを除くとその前走平場500万で掲示板の隅に載ったのみで負けの殆どが1秒以上の差をつけられて敗れている。

もちろんレースで最速の上がりを見せたこともなければ、先行力を持っていたわけでもない。

ではこの大舞台で何故2着に来たのだろうか?

真っ先に先程述べた乱ペースでレースタイムが平凡はおろか、かなりの低レベル決着になったことが挙げられる。

だがもう一つの要因として忘れてはならないのは、この馬の勝負根性である。

マイネピクシーはタマモクロスの初年度産駒。

タマモクロス最大の武器であった勝負根性は受け継いでいたようで、スエヒロジョウオーの爆発力だけは防げなかったものの、それ以外の馬が後方から来るとそれに併せるかのようにジワジワと伸びを見せて大波乱の主役となった。

そう、このレースでスエヒロジョウオーとの馬連は1207.4倍を示しており、GⅠでは長きに渡り最高配当レースとして記録されることとなったのである。



女優の3Mもレコードを出したがその年大晦日に紅白の舞台に立っていたのはMはMでも全くこの3人とは毛色が違うバラドル・森口博子だった。

そして3歳牝馬の3Mを差し置いてGⅠの舞台で記録と記憶に残ったMは小柄な芦毛の妖精・マイネピクシーだったのである。






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コメント
こんばんは。フロムジャパンです。明日、退院出来ることになりました。しばらくはリハビリ生活になります。ブログにも書きましたが、メイショウトウコンも三嶋牧場での管理・調教馬なのです。オリミツでカネヒキリに勝って泣き、トウコンでカネヒキリに負けて泣きました。私がベルモントファームの育成部長をしていた時は、ベルモントファームの黄金時代で、もちろんアクター・オリーブもいましたし、デーンズ・サンダー・ストーム・ソレイユ、預託馬にインテリパワー・フジノテンビー等がいました。
2010/12/14 Tue| URL | フロムジャパン
[ 編集 ]
>フロムジャパンさん

いらっしゃいませ^^
退院おめでとうございます。リハビリ生活もいろいろ大変かと思いますが焦らず復帰を図ってください。

コメント欄にも南関ファンにとって懐かしい馬の名前を躍らせていただき有難うございます。
ベルモントソレイユもよく見ました。大好きだったシービー産駒のクールアイバーとよく走ってたイメージがあり何度か大井で会ってます。
インテリパワーも岡林厩舎のツートップ(アローセプテンバー、マキバスナイパー)と好ライバルで当時の南関東を支えた1頭として忘れ得ぬ名馬です。

フロムジャパンさんのメイショウイフウの記事も楽しく読ませてもらってます。普段の育成の苦労を総論的に取り上げておられるお話も面白いですけど、一頭の馬を取り上げた裏エピソード的な話はより興味を引かれますね^^ドトウの半弟ということで覚えがあった馬なので尚更です。
2010/12/15 Wed| URL | 管理人
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